東京高等裁判所 昭和44年(行ケ)141号 判決
〔主文〕特許庁が、昭和四四年一一月二〇日、同庁昭和三九年審判第一〇六六四号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。
〔事実〕第一 原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和三六年七月三日出願、同三八年一月二二日公告、同年四月二七日登録にかかる実用新案登録第七一七一九三号「背広上衣」の登録実用新案権の権利者であるところ、被告は、昭和三九年二月二七日、原告を被請求人として、本件登録実用新案の登録無効の審判を請求し、(昭和三九年審判第一〇六四号事件)、昭和四四年一一月二〇日、本件登録実用新案の登録を無効とする旨の審決がなされ、その謄本は、同年一二月五日、原告に送達された。
二 本件登録実用新案の考案の要旨
上衣主体1の肩部2および両打合前身部3、3の各裏面において肩裏地4および前裏地5をいずれも網状布版8を用いて添接縫着すると共に袖部7の袖裏地8も網状布版9を用いて添接縫着して成る背広上衣(別紙図面参照)。
三 審決理由の要点
本件登録実用新案の考案の要旨は前項のとおりであるが、背広上衣の肩部、前身部および袖部の裏だけに布裏生地を添接縫着したものは、「背抜上衣」と呼ばれて、本件登録実用新案の出願前周知であり、したがつて、本件登録実用新案の考案の要旨を端的に表現すると「従来周知の背抜上衣において、暑苦しさを軽減するため、その裏生地に網状布版を用いたもの」ということができる。
ところで、本件登録実用新案の出願前米国において発行されたザ・ニューヨーク・タイムズ・マガジン社発行の「レポート・オン・メンズウェア春夏版」(以下「引用例」という。)には、「涼しく着用できることを目的として腰部裏側に網状布版から成る裏生地を添接縫着したズボン」が記載されている。そして、洋服の上衣とズボンとは対をなし、そのいずれの裏布も同一の目的をもつて、すなわち、保温、表布の型崩れ防止および補強のために表布の裏面に添接縫着されることは、当業者ならずとも一般の常識とするところであるから、その裏布生地について、上衣またはズボンの一方において公知な場合、その一方を他方に応用することに当業者が何らかの考案を要するものとは認められない。これを本件について考えると、空気の流通をよくし、したがつて、涼しく着用できるようにするため、従来の裏布に代えて特に網状布版を添接縫着したズボンが前示のとおり本件登録実用新案出願前に存している以上、これと同じ目的をもつて、本件登録実用新案のように従来周知の背抜上衣においてその裏布に代えて網状布版を用いることは、格別考案力を要しないものと認められる。
してみると、本件登録実用新案は、公知事項および引用例に記載された事項にもとづいて、その考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者がきわめて安易に考案をすることができるものと認められ、本件登録実用新案は、実用新案法三七条一項一号の規定によつて、その登録を無効にすべきである。
四 審決を取り消すべき事由
本件考案の要旨および引用例の記載が審決説示のとおりであることは争わないが、審決は、次の諸点において認定を誤つている。すなわち、審決は、背広上衣およびズボンの裏布の使用目的について保温および表布の型崩れ防止の目的をも有することは、一般の常識である旨説示するが、右は事実を誤認したもので、その結果、審決は、本件登録実用新案と引用例との比較対照を誤つたものである。また、審決は、背広上衣およびズボンの裏布の目的、作用効果およびその材質の独自性を無視し、両者を同一視して比較対照した違法がある。
すなわち、背広上衣の「型」は、ある程度張りと厚みのある表地の裁断および縫製の技術ならびに肩、衿、袖口、胸等の要所要所に使用する硬さのある芯地および綿布等によつて形成され、維持される。ズボンについても、表地と腰廻りおよび前立部等に使用した芯地によつて型が形成され、維持される。したがつて、両者のいずれにおいても、表地、芯地および芯地と同様に用いられる綿布により型が形成され維持されるものであつて、裏布がこれを助成することはない。また、表地、芯地等が老朽、損傷により張りや硬さを失つた場合に裏布がこれを補い型を維持することもない。それ故、裏布には背広上衣およびズボン自体の当初の型を維持するという意味での型崩れ防止の目的はなく、審決は、この点の認定を誤つている。また、「保温」の目的にについてみるに、ズボンの裏布においては、腰裏および天狗裏は、細い布版から成り保温上ほとんど効果がなく、夏物および冬物を通じてほぼ同種の布地をほぼ同じ部位に使用していること等からみると、ズボンの裏布が保温の目的で付せられるものでないことは明らかである。さらに、夏物の背広上衣およびズボンにおいては、裏布が保温の目的で付せられているものでないことも明らかである。したがつて、「保温」がズボンと背広上衣の裏布一般の共通の目的であるとした審決は、その認定を誤るものである。
そもそも、ズボンに裏布を添接する目的は、(1)強度を補うこと(2)吸水、吸湿性をますことにあるのに対して、背広上衣に裏布を添接する目的は、(1)滑りをよくすること(2)外形(シルエット)を美しく保つこと(3)外観上も美しくすることなどにあつて、両者は、その目的を異にする部分が多く、これがため、背広上衣およびズボンの裏布は、その作用効果をも異にし、材質において著しく異なる布地が必要とされるものである。しかるに、審決がこの差異を考慮しなかつたことは事実を誤認するものである。
してみれば、本件審決は、以上の諸点についての事実の認定を誤り、その結果、本件考案をもつて当業者が公知の考案に基づいてきわめて容易に考案をすることができたものと判断したものであるから、違法として取り消しを免れない。
第二 被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、原告の請求原因事実はすべて認めると述べた。
〔理由〕原告主張の請求原因事実は、全部当事者間に争いがない。右事実によれば、本件審決は、原告主張の違法があるものというべく、取り消しを免れない。
よつて、原告の請求を認容し……。主文のとおり判決する。
(青木義人 瀧川叡一 宇野栄一郎)